】人事労務管理と組織への影響<社会保険労務士 小山健二>

前提

 マネジメントの領域で近年重視されている人事労務管理について、その良し悪しは組織の方向性に大きく影響を及ぼすように感じます。特に人手不足が深刻化する中、「現状への不満」による退職や、「未来への不安」による退職は、企業にとって大きな問題です。本稿では、人事労務管理に関連する組織が不健全に陥る要因をいくつか紹介し、そうならないよう組織運営に役立てていただきたいと考えております。

 1. グランドデザインがなく戦術的な運営に終始する
 組織としての目的や価値観が不明確であると、目の前の事象にしか関心を持てなくなります。その結果、問題の本質を誤認し、誤った行動が強化されてしまいます。さらに、対処療法的な対応や部分最適的な思考が中心となり、根本的な課題解決に至らないため、常に組織課題が解消されません。また、短期的な効果が期待できる施策には関心が高いものの、中長期的に効果をもたらす施策を考えることが苦手な組織になりがちでで、行動すること自体が目的化してしまいます。全体像が描けていないため、個別の戦術間で矛盾が生じることもあります。

 2. 真の目的や価値観が適切に設定されていない
 グランドデザインが存在しても、その計画自体が実現したい真の目的や価値観と乖離していることがあります。さらに、ビジョン・ミッション・バリューなどが、経営者や組織の真意を反映していない場合、「ビジョン・ミッション・バリューが組織を滅ぼす」要因となることもあります。結果として、組織は常に間違った方向へ全力で進んでいることとなり、労力や従業員の意欲が浪費されることになります。

 3. 「空気」に支配される
 組織の真意が明文化されたものとは別のところにある場合(意識的・無意識的に限らず)、従業員は明文化されていない「空気」に支配されることになります。例えば、「専門性をわかりやすく提供する」というビジョンやミッションが明文化されている一方で、「元気な従業員」や「考えるより行動する従業員」が評価されるといったケースでは、言語化されていない規範(「元気」と「行動量」)に従わざるを得なくなり、「本当に重要なこと」に対する意見交換が行われにくくなります。その結果、雰囲気に流され、個々の従業員が利己的な行動を取るようになり、組織の健全な成長が阻害されます。

 4. 言動不一致
 上記1から3の状況が生じると、経営側の言動が一致しないケースが発生するようになり、従業員との信頼関係が棄損されはじめます。また、真の目的や価値観が経営者の口癖となっておらず、日々の業務に忙殺されている状況も、実際の行動との乖離が生じます。このような状況では、従業員は表面的には一体感を装うものの、心から賛同していないため、組織や自身の役割へのコミットメントが低下します。

 5. 経験学習がされていない
 組織が成功や失敗の経験を適切に活用できないと、成功の再現性が低く、逆に失敗の再現性が高くなります。振り返りの機会がない場合や、経験を抽象化する意識や能力が不足していると、ノウハウや業務プロセスが仕組化されず、同じ課題を繰り返すことにつながり、従業員の意欲を削ぐ要因となります。

良い組織としていくために

 以上、一般的に人事労務管理に関連する組織問題の一部を紹介しました。これらは相互に関連しており、一つの問題が別の問題を引き起こすことも少なくありません。しかし、重要なのはこれらを反面教師とし、一貫性のある組織運営を行うことで、強い組織風土と成果を生み出すことが可能だということです。
 そのためには、制度を整え、労使間のコミュニケーションを継続的に行い、共通認識を形成し、文化として浸透させることが極めて重要です。組織の健全な成長のために、本稿が一助となれば幸いです。

この記事を書いている人 
-Writer-

小山健二

特定社会保険労務士

【略歴】昭和51年生まれ、東京都出身。駒澤大学文学部社会学科卒業。 専門商社、人材サービス業を経て社会保険労務士法人で勤務し、令和4年にエフピオへ入社。

人事労務のみならず、経営企画、仕入、営業部門での多様な経験から、全体最適の視点で業務遂行を心がけています。事業会社、専門家双方でM&Aプロセス、DD実務経験がある。

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