【東京商工リサーチ掲載記事】“つながりすぎる職場”がもたらすリスクと対応策<社会保険労務士 松井碧城>
働き方改革やテレワークの普及により、場所や時間に縛られない柔軟な働き方が広がってきました。企業としても、生産性向上や人材確保の観点から、こうした取り組みを進めるケースが増えています。その一方で、勤務時間と私生活の境界が曖昧になり、「業務が終わったはずなのに連絡が来る」「いつまでも仕事のモードが抜けない」といった声も少なくありません。
こうした背景から、近年注目されているのが「つながらない権利」という考え方です。これは、労働者が業務時間外には仕事上の連絡や指示から離れ、仕事と私生活の切り替えを保障しようとするもので、フランスやイタリアなどでは、すでに法制化が進んでいます。
日本では現時点で明確な法制化には至っていないものの、働き方改革の流れの中で、労働時間の適正な管理や仕事とプライベートのバランスをどう確保するかといったテーマへの関心は高まっています。従業員の定着やモチベーション維持にも直結する課題であり、企業としても中長期的な視点で向き合う価値のあるテーマだと言えるでしょう。
たとえば、業務終了後にも上司からのメッセージが届く、あるいは「時間外でも即レスが期待される」ような職場文化が根付いている場合、従業員は慢性的な緊張状態に置かれることになります。これが続けば、メンタルヘルス不調やバーンアウト(燃え尽き症候群)、ひいては離職につながりかねません。こうした事態を防ぐためにも、「時間外は原則連絡しない・させない」仕組みを整えることは、労務管理の基本的な対応として重要です。
「つながらない」環境づくりのための実務ポイント
では、実際に企業が取り組む際、どのような工夫が求められるでしょうか。以下に、導入しやすいポイントをいくつか挙げてみます。
1. 勤務時間外連絡のルール化
まずは、業務連絡のタイミングや手段について、社内で明確なルールを設けることが基本です。就業規則や社内マニュアルにおいて「原則として勤務時間外の連絡は控える」旨を明記し、例外的な対応が必要な場合も、事前の合意や代替措置を講じることを推奨します。
2. ツールの活用による仕組みづくり
メールの「送信予約」や、チャットツールでのステータス設定(例:「退勤中」「応答不要」)などを活用し、業務外対応を前提としない環境をつくりましょう。経営者や管理職自身がこれらの機能を活用することが、社員に安心感を与えるきっかけになります。
3. 管理職層への意識づけ
実際の運用を左右するのは、現場を管理するリーダー層の意識です。勤務時間外の連絡を控えることは、単なる思いやりではなく、組織の健全性を守るための基本的なマネジメント行動と捉える必要があります。
4.時間外対応を評価に含めない姿勢の明示を
時間外の業務対応については、評価との関係を明確に切り離すことも重要です。「勤務時間外にどれだけ対応したか」が評価に影響すると、従業員は無言のプレッシャーを感じ、つながり続ける働き方から抜け出せません。あくまで業務時間内の成果を中心に評価するという方針を打ち出しましょう。
経営の視点から見た「つながらない権利」
「つながらない権利」と聞くと、一見、従業員の都合ばかりを重視したように感じるかもしれません。しかし、実際には、限られた勤務時間内での集中力を高める、従業員が長く働き続けられる環境を整える、優秀な人材の離職を防ぐ――そうした、経営上のメリットにもつながる取り組みです。
企業が持続的に成長していくためには、単に「働かせる」だけでなく、「どう働いてもらうか」を考える時代になっています。つながらない権利の導入は、その第一歩となるかもしれません。
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