【東京商工リサーチ掲載記事】賃金が下がる理由は正当か?―「身分変更による賃金見直し」と「減給処分」の違い<社会保険労務士 浅山雅人>
よくある誤解
人事労務の用語で、たとえば「休日」と「休暇」、「出向」と「転籍」、「欠勤」と「休職」、「正社員登用」と「無期転換」など混同されて理解をされているものがあります。これと同じ頻度で、「適材適所による配置転換に伴う賃金見直し」と「懲戒処分としての減給」が混同されています。表面上は「賃金が減る」という結果が同じでも、その目的や法的性質、手続き上の要件はまったく異なります。両者を正しく理解しないと、トラブルの引き金を会社自身が引くことになってしまいます。
今回はこの2つの違いを整理し、実務上の注意点をわかりやすく解説します。
身分変更による賃金見直し(適材適所による配置)
企業が人材活用の最適化を図る上で、配置転換や職務変更は重要な手段のひとつです。たとえば、営業職から事務職、あるいは管理職から一般職への変更などが該当します。このような身分変更が行われた場合、それに伴って賃金体系も見直されることがあります。
▶ 目的と背景
労働者の能力や適性、健康状態、部門再編などに応じた柔軟な人事対応の一環として実施されます。成果給が中心だった職種から固定給主体の職種へ移れば、当然ながら報酬構造や年収に変化が生じますが、これは処罰ではなく業務内容に見合った合理的な見直しです。
▶ 法的根拠と手続き
就業規則や個別労働契約に基づいて実施されるものであり、懲戒ではありません。ただし、職務内容・勤務地・待遇などの重要な労働条件に変更がある場合には、本人の同意が必要です。本人の同意なしに一方的に処遇を下げた場合、不利益変更として無効とされる可能性があります。
減給処分(懲戒処分としての賃金減額)
労働者の服務規律違反に対する制裁措置として行われるのが「減給処分」です。これは、会社が労働秩序を維持するために就業規則に基づき実施する懲戒処分の一種です。
▶ 目的と背景
無断欠勤、遅刻常習、社内規定違反、横領、パワハラなど、会社秩序を著しく乱す行為に対し、制裁として賃金の一部を差し引くものです。労働者への直接的な不利益を伴うため、実施には厳格なルールが設けられています。
▶ 法的制限と注意点
労働基準法第91条により、1回の減給額は平均賃金の1日分の半額以内、かつ月の総額で賃金総額の10分の1以内に制限されています。
また、減給処分を実施するには、就業規則にあらかじめ処分内容と適用条件が明記されている必要があります。
会社が適切な手続きを怠ると、不当懲戒として無効になるだけでなく、労働審判や訴訟リスクにもつながります。
両者の違いを比較すると
| 項 目 | 身分変更による賃金見直し | 減給処分(懲戒) |
| 目 的 | 配置・適性見直し | 制裁・懲罰 |
| 法的性質 | 人事権の行使 | 労基法91条に基づく懲戒処分 |
| 本人の同意 | 必要(変更時) | 不要(就業規則の定めが前提) |
| 賃金変更の根拠 | 業務内容・役割変更 | 非行に対する制裁 |
| 上限の法的規制 | 特になし(労使合意ベース) | あり(平均賃金の1日分の半額等) |
| 就業規則への記載 | 配置転換・賃金制度として記載 | 懲戒規程として明記が必要 |
まとめ:目的と法的性質の違いが重要
「賃金が下がった」という結果だけを見て、従業員が「懲罰を受けた」と誤解してしまうことは少なくありません。会社側としては、身分変更による合理的な賃金見直しであれば、その背景・理由を丁寧に説明し、本人の納得と合意形成を図ることが重要です。
逆に、懲戒処分として減給を行う場合には、法的手続きの遵守と就業規則の整備が不可欠です。両者をあいまいに運用すると、不利益変更や不当懲戒として法的トラブルになるリスクが高まります。
よって、賃金の変更が伴う施策には、正当な理由と丁寧な説明、そして法的手続きへの配慮が欠かせません。現場での誤解や対立を避けるためにも、ぜひこの違いを押さえて運用してください。
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