【東京商工リサーチ掲載記事】「減給」廃止の動きと実務上の影響<コンサルタント 鈴木大志>
最近、「減給」を廃止する動きがあるという記事を目にしました。その背景には、「国際的な人権規範に照らすと強制労働に該当する」という懸念があるようです。日本の「減給」は本当に人権に影響を及ぼすのでしょうか。
ILOの指針と日本の法制度
国際労働機関(ILO)は、恣意的な賃金カットが「強制労働」や「搾取」につながることを懸念し、原則として賃金控除に否定的な立場をとっています。これは、過去に一部の国で大幅な賃金控除が事実上の強制労働につながった歴史があるからです。
しかし、これはあくまでも賃金控除の濫用を防ぐことが目的であり、「減給」そのものを否定しているわけではありません。
実際、ILO第95号条約(賃金保護条約)でも、「法律や労働協約等で定める範囲の控除は許容」とされています。
日本の労働基準法第91条では、減給の限度額を「1回の減給額が平均賃金の1日分の半額」且つ「総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1」と厳格に定めています。したがって、法令で厳しく上限が定められている日本の「減給」が、人権規範に反するという見方は少々拡大解釈と言えるでしょう。
なぜ「減給」を廃止する企業があるのか?
電子機器業界などを中心に、部品や製品の調達から製造、販売に至るまでの企業間のつながり・ネットワークにおいて、社会的・環境的責任を継続的に改善することを目指す国際的団体があります。そういった団体では、自らが定める「行動規範」の中で、賃金控除を「人権リスク」として禁止しているケースがあります。
日本を代表するような大手企業もこれらの団体に加盟しているため、取引先である海外企業からの信用問題や企業イメージを考慮し、グローバル基準に合わせるべく就業規則を変更し、「減給」を廃止していると考えられます。これは、あくまでビジネス戦略の一環としての動きと推測されます。
「減給」廃止がもたらす実務上の影響
日本において、従業員の解雇は非常にハードルが高く、問題社員や社内トラブルへの対処・対応には、段階的な懲戒処分が重要になります。懲戒処分は一般的に、「譴責(けんせき)→減給→出勤停止→降職・降格→諭旨解雇→懲戒解雇」というように、段階的に重い処分へと移行します。
しかし、減給を廃止すると、最も軽い譴責の次に出勤停止という、影響力が異なる処分に飛ぶことになります。
例えば、月給30万円の従業員の場合、減給ではせいぜい4~5千円程度の減額ですが、出勤停止は、たった1日でも、約1万4~5千円程度の賃金が控除されます。
また、減給は主に経済的制裁の意味合いで下される処分ですが、出勤停止は経済的制裁だけでなく、従業員が職場にいないことで、本人だけでなく職場や周囲にも大きな影響を与えます。安易に減給を廃止してしまうと、バランスの取れた段階的な処分体系が崩れてしまい、労務管理上の柔軟性が失われる可能性があります。
懲戒処分見直しの一案
前述の理由から、減給の廃止はあまりお勧めできません。
どうしても減給を廃止するのであれば、給与体系(手当)の見直しや評価制度の導入も合わせて検討するべきです。
例えば、欠勤・遅刻・早退がなければ支給される皆勤手当や、事故がなければ支給される安全手当・無事故手当は、勤怠不良や安全意識の向上に寄与します。
また、職務等級・成果連動型の人事評価制度を導入するのも一つの方法です。「●●を達成すれば昇給・賞与増、達成できなければ現状維持・減額」といった仕組みは、成果主義の傾向が強い欧米では広く採用されています。これらのような仕組みであれば、減給という手段は、給与体系や制度の一部として自然に組み込まれているため、ネガティブな影響を最小限に抑えることができます。
「減給」の安易な廃止は、かえって労務管理上の悪手となる可能性も否定できません。実務上の影響や内部統制の観点も踏まえ、慎重に判断することが重要です。
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