】ダブルワークがばれるので労災申請を拒否するパートタイマーの対応

昨年9月に労災保険法でダブルワーク(副業)に対応した法改正が行われました。それまでは本業と副業の兼業をしていた人が、副業中に労災事故に遭った場合は副業の賃金をベースに補償額が決まっていました。しかし、副業は本業の収入に比べ低いことが多く、本業で被災した場合に比べ休業補償給付や遺族補償給付の金額が極めて低くなってしまう問題が生じていました。そこで副業推奨の流れを受け、労災保険の給付も本業と副業の賃金を合算する方法に改められました。

・副業を認める流れ

 一昔前の就業規則では「副業・兼業は原則禁止」と記載するのが一般的でしたが、近年は兼業禁止を認めない裁判例も増えており、厚生労働省も「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成するなど、副業・兼業が推奨されています。会社も合理的な理由なしに一律禁止することは難しくなりました。

・新型コロナ感染症でダブルワークがばれる?

 そのような中、新型コロナ感染症の流行で思わぬ相談が飛び込んできました。とある事業所で感染クラスタが発生してしまい、会社が労災の申請を準備していたところ、パートタイマーの一人が頑なに労災申請を拒否してきたのです。会社の総務も困ってしまい、よくよく理由を聞き出してみると、「実は他に本業があり、そちらにダブルワークがばれるのが嫌なので労災の申請をしたくない」とのことでした。

このような相談は私もあまり例がありませんが、副業推奨・容認の流れで今後増えて行くかもしれません。感染した本人もまさかコロナで副業がばれそうになると思わなかったと思います。副業容認の流れが主流だとしても隠れて副業・兼業している方は多いでしょう。

・では労災申請するとどうなるのか?

 労災の療養の申請書(療養の給付:様式第5号)には「その他就業先の有無」という欄があります。これは前述に法改正に伴って追加された欄です。ここに副業先を記載することになります。

▲労災請求様式5号の裏面より

また労災の休業補償給付の申請書(療養の給付:様式第8号)には「別紙3」が存在しています。この「別紙3」はもう一つの職場の賃金の証明を記載する必要があります。この書類には、もう一つの職場の事業主印が必要になるので、この証明を求めた時点で副業が本業の方に発覚することになります。この証明を添付せずに労災申請すると副業のみの収入での休業補償給付が行われるので、補償額が非常に少額になってしまいます。

・会社の対応をどうするか?

 基本的に労災給付を申請するかどうか、請求者は本人なので会社が強制することができません。したがって最終的な判断は本人に委ねられます。会社は自己防衛としてその経緯を記録しておいた方が良いでしょう。

一方、労働者死傷病報告の提出は会社に義務付けられています。新型コロナ感染で4日以上休業する場合も同様で、遅滞なく(概ね1週間から2週間以内)に労働基準監督署へ報告しなければなりません。本人が労災申請しないと判断したとしても、この死傷病報告の提出義務は会社にあります。これを隠すといわゆる「労災かくし」になってしまう点は注意が必要です。

このようにダブルワークに関してはまだまだ事例が出揃っておらず、いろいろな「想定外」が生じます。会社は従業員の副業情報はできる限り報告させたほうが安全でしょう。

執筆 社会保険労務士 石川 宗一郎

関連ブログ

~労災事故発生時の会社の注意点-その①~<よつば総合法律事務所 弁護士村岡つばさ>

先日、税理士法人レガシィより、私が講師を務めたセミナー「使用者側目線 労災対応ノウハウ」が発売されました。 このコラムでも、今回から複数回に亘り、労災対応時の注意点等をお話させていただきます。…

続きを読む

~労災事故発生時の会社の注意点-その②~<よつば総合法律事務所 弁護士村岡つばさ>

前回は、労災事故が発生した際に会社が負う可能性のある責任・リスクについてお話させていただきました。 今回は、労災事故が発生した後、 初動対応の注意点についてお話させていただきます。 …

続きを読む

~労災事故発生時の会社の注意点-その③~<よつば総合法律事務所 弁護士村岡つばさ>

前回は、労災発生後の初動対応についてお話させていただきましたが、今回は、被災労働者の労務管理についてお話します。 ①中々復職しない従業員の対応 ・被災労働者の労務管理に関し、最も…

続きを読む

~労災事故発生時の会社の注意点-その④~<よつば総合法律事務所 弁護士村岡つばさ>

前回まで、3回に亘り、労災事故発生時の会社の注意点についてお話させていただきましたが、今回は最終回として、労災の民事賠償上の注意点を説明します。 ⓪はじめに 労災の民事賠償の場面ですと、…

続きを読む

お問い合わせは、下記よりお願いいたします。

弊社の記事の無断転載を禁じます。なお、記事内容は掲載日施行の法律・情報に基づいております。本ウェブサイトに掲載する情報には充分に注意を払っていますが、その内容について保証するものではありません。社会保険労務士法人エフピオ/株式会社エフピオは本ウェブサイトの利用ならびに閲覧によって生じたいかなる損害にも責任を負いかねます。

タグ:
ダブルワーク , パートタイム , 労災 , 労災保険 ,
   

関連記事

2024.04.01
東京商工リサーチ掲載記事
『社員研修の目的と企画・導入』について<社会保険労務士 廣瀬潤>
2024.03.04
東京商工リサーチ掲載記事
週10時間勤務で、雇用保険加入へ ~ダブルワーク時の労災保険、雇用保険、社会保険の取り扱いはどうなるの?~<社会保険労務士 浅山雅人>
2024.02.28
東京商工リサーチ掲載記事
マイナンバーカードの健康保険証 利用されてますか?<社会保険労務士 伊藤美由起>
2024.02.05
東京商工リサーチ掲載記事
労災で休業が発生した場合の休業補償のイロハ ~知っておくべき、基礎知識~ <社会保険労務士 小野田春奈>
2024.01.22
東京商工リサーチ掲載記事
雇用保険=失業保険にあらず。人材育成に活用を!<社会保険労務士 松井 碧城>
2023.12.25
東京商工リサーチ掲載記事
建設業だったら協定さえ結んでおけば、月45時間超えて残業させても大丈夫なんですよね?<コンサルタント 松岡藍>
2023.11.27
東京商工リサーチ掲載記事
「会社分割」における労働契約の承継<社会保険労務士 小山健二>
2023.11.20
東京商工リサーチ掲載記事
社長の金庫に入れられた就業規則は有効か?<社会保険労務士 石川 宗一郎>
2023.10.30
東京商工リサーチ掲載記事
年収の壁・支援強化パッケージの落とし穴~この2年間、年収130万円超えても被扶養者になれる?は誤解~<社会保険労務士 浅山雅人>
2023.10.16
東京商工リサーチ掲載記事
年収の壁(106万円の壁、130万円の壁)を改めて考えてみました<社会保険労務士 廣瀬潤>