】別会社で残業逃れで書類送検

初めての送検事例?

 6月非常に珍しい、おそらく全国発であろう事案での送検事例が発生しました。概要は下記の通りです。

 三重・伊賀労働基準監督署は違法な時間外労働をさせたとして、N運輸社とW社および両社の代表取締役を務める男性らを労働基準法第32条(労働時間)違反の疑いで伊賀区検に書類送検した。同代表取締役は労働者1人をN社で働かせた後、W社で働かせた。労基法は異なる事業場でも労働時間を通算するとしており、W社での労働を時間外労働と判断した。N運輸社では36協定の限度時間の超過があり、W社は36協定を締結していなかった。(令和元年7月9日刊 労働新聞より引用)

 「1社で36協定の限度時間を超えてしまうので、超えた時間外分を他の会社(例えばグループ企業)で働いたことにしてしまえ」という“裏ワザ”を使っていた訳です。労務の専門家なら一度は頭に浮かぶけど実際にやろうとは思わないワザです。(私だけ?)

 第一、労働基準法第 38 条では「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。この「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含みます。(労働基準局長通達S23年5月14日基発第769号)

 すなわちこのケースでもグループ企業のW社は36協定を締結していなければなりませんでした。しかしなぜこのようなギリギリの選択をしたのでしょうか?実はこのN運輸社は平成29年に過重労働が原因とされる交通死亡事故を起こしており、法人と経営者が労働基準法第32条(労働時間)などの違反で送検されています。管轄の伊賀労働基準監督署の重点監督企業となっていたことでしょう。苦肉の策としてこのような方法を考えたのかもしれませんが、生兵法は怪我の元です。

ダブルワークは大丈夫?

 最近、働き方改革、多様な働き方等のキャッチフレーズで、ダブルワークを推奨する動きが進んでいます。大手企業がダブルワークを推奨するといったニュースが流れ、厚生労働省の諮問機関である労働政策審議会でもダブルワークに関する議論が進んでいます。気をつけなければならないことは、ダブルワークも運用を間違うと先のN運輸社のような法律違反になる可能性があります。例えば、他社で平日月曜から金曜まで毎日フルタイム8時間勤務している人を土日だけ自社で副業させたいとした場合、やはり36協定の締結と時間外休日割増の支給が必要となります。

法律がダブルワークを全く想定していないという問題

 短時間ずつ複数社で働くと法律の保護からすっぽりと抜けてしまう問題があります。例えば企業に義務付けられている定期健康診断ですが、フルタイム勤務者と正社員の所定労働時間が4分の3以上働いている短時間労働者に対して実施義務があります。所定労働時間が4分の3以上とは、通常は正社員の週所定労働時間が40時間程度に対し、30時間程度を言います。2社で20時間ずつダブルワークする人は健康診断の実施義務がどの企業にもないことになります。

 また健康保険と厚生年金についても同様で2社で20時間ずつダブルワークする人は通常どちらでも適用除外となってしまいます。(一部大企業は除く)これは将来の厚生年金が低額になってしまったり、途中で病気になっても健康保険の傷病手当金による生活保障が受けられないという問題があります。

 同様に労災保険の休業補償や障害補償についても労災にあった企業の収入をベースに金額が算定されます。つまり副業中に事故に遭うと、副業側の賃金を元に補償額が算定されるため、補償額が極めて低額になるという問題もあります。

 今後法律の見直しが随時行われていくとは思いますが、ダブルワークする方も、受け入れる企業もこういった問題が残ったままであることは知っておく必要があります。

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タグ:
36協定 , ダブルワーク , 傷病手当金 , 働き方改革 , 厚生年金 , 残業 , 残業代請求 , 社会保険 , 限度時間 ,
   

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