【東京商工リサーチ掲載記事】賃金請求権の消滅時効期間の延長について<社会保険労務士 小山健二>
2020年4月1日の賃金債権の消滅時効にかかる労働基準法の改正から2年が経過し、実務上の影響が出始めています。
具体的には2020年4月1日以降に支払うべき賃金のうち、未払の金額があると、従来の2年で時効が成立せず、今年の4月1日以降も引き続き未払債務が残存するという事態が生じています。
本改正については、日頃ご相談いただく中で、誤った理解をされている場面に遭遇することもあることから、改めてその概要をご案内いたします。
■2020年4月改正の概要
1.改正の経緯と民法の改正内容
労働基準法改正の契機となったのが民法の改正です。
もともと、民法では金銭の支払いを求める請求権(以下、「債権」といいます。)は、原則、10年間権利行使しないと時効によって消滅すると定められていました。
一部の債権については例外として1年で時効により消滅するとの定めがあり、従業員の給料に関しては1年で消滅する債権に分類されていました。
しかし、それでは従業員の保護が不十分であるとして、従業員保護の特別法である労働基準法で「2年間」に延長されていた経緯があります。
2020年4月の民法改正では、1年で消滅する債権の分類は撤廃され、「全ての債権が5年間権利行使しないと時効により消滅する」と定められたため、特別法である労働基準法の消滅時効期間より、民法の消滅時効期間のほうが従業員にとって手厚い保護となってしまいました。
2.労働基準法の改正内容
民法改正により、労働基準法が定める2年間という消滅時効期間をあてはめてしまうと、従業員にとっては逆に不利な条件となってしまう現象が起きることから、労働基準法改正へと展開しています。
以上のような経緯を踏まえ、労働基準法の基準が民法の基準を下回ることは、法律の趣旨に反するということで、労働基準法上の賃金債権の消滅時効期間も5年間と改正されました。
一方、2年から5年への変更は企業経営に関する影響が大きいことから、経過措置として、「当分の間」(具体的な予定はありません。)は3年間として、改正法が施行されることになりました。
<労働基準法改正の概要>
■実務上の影響
1.2020年4月1日以降に支払われる賃金債権は消滅していない
従来であれば2年で消滅していた賃金債権ですが、2020年4月1日以降に支払われた賃金からは、賃金が支払われるべき日後3年が経過(2023年の4月1日以降)しないと消滅しないことになります。
勘違いされることが多い点として、現時点から過去3年分の賃金債権が残存するわけではありません(2023年4月1日以降は、常に過去3年分の賃金債権が残存することになります。)。
現状においては、債権の残存期間が2年を超え3年以内の範囲で、徐々に増え得る状態であり、企業経営においては、簿外債務が存在した場合の金銭負担が、最大1.5倍となる点で影響が小さくありません。
2.簿外債務の発生要因
本来、企業にとって賃金に関する簿外債務が存在しないことが前提ではありますが、簿外債務の発生要因は多岐にわたり、また意図せずに発生する場合もありますので、これを機に自主点検をお薦めします。
<一般的な簿外債務(未払賃金)の発生例>
■まとめ
今回は、発生し始めた賃金債権に関する労働基準法改正後の実務への影響をご案内しました。
賃金債権の留意点について、以下のとおり取り纏めましたので改めてご確認いただければと思います。
・消滅時効は「現時点から」3年間ではない(2023年4月1日以降から3年分となる) ・消滅時効は現状では5年間ではない(経過措置が設けられている) ・発生要因は多岐にわたる(注意が必要) |
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