】M&Aを行う際の人事労務デューデリジェンス<社会保険労務士 小山健二>

中小企業庁のデータによると、M&A件数は新型コロナウィルスの影響のあった2020年を除き右肩上がりで上昇しています。経営者の高年齢化に関連した事業承継の問題や、経営の選択と集中等の背景から、昨今ではM&Aはごく一般的な手段として活用されています。

実際に事業や会社を売却または買収する場合においては、一般的には、事業(企業)価値やリスクを評価するために財務、法務分野のデューデリジェンス(収益性やリスクの適正な評価)を行います。昨今は、人事労務管理に関する社会的関心の高まりから、人事労務分野のデューデリジェンスも一般化されつつあると感じますので、本稿ではその概要を紹介したいと思います。

【企業買収時のリスクを低減】デューデリジェンス(DD)とは?

1.人事労務デューデリジェンスを行う目的

事業や会社を売買することは、非常に高額な取引となる場合が多いです。特に買収する側は高額の支払が発生するため、対象となる事業や会社が適正な価格なのかどうかを事前に確認したいところです。帳簿上の人件費額だけで収益性の評価をしていた場合、「昇給額を念頭に置いてなかった」、「本来支払うべき残業代が支払われていなかった」等により、買収後に追加費用が発生することが多々あります。

【買収後じゃ手遅れ】労務に関する見えない負債はデューデリジェンスで見つける

そうすると、高額な対価を支払ったにもかかわらず、期待していた買収効果が得られないといった事態となってしまいます。そうした事態を防ぐため、買収前に人事労務デューデリジェンスを行うと安心です。また、労働契約を承継する従業員がどのような労働条件で雇用されているのかを把握することは、買収後に意欲高く就業してもらう為に必要不可欠です。

2.人事労務デューデリジェンスの調査項目

調査項目としては、収益に直結する項目は必須調査となります。主なものとして、労働時間の管理や賃金計算方法の適正性により影響される未払い賃金の調査、社会保険料額算定方法の適正性により影響される未納社会保険料の調査が挙げられます。それ以外にも、有給休暇の取得日数が法的基準に達していなかった場合に、買収後に法定通りに取得させると要員が不足し、結果増員することになり人件費が上昇することもありますので、こうした調査も必要となります。

収益に直結しない項目としても、就業規則や雇用契約書の記載項目、安全衛生に関する責務(健康診断実施率、安全衛生教育等)を履行しているか、ハラスメント事案が頻発していないか、等々、潜在的な紛争リスクを把握しておく意味でも重要なものが多数あります。

3.スキーム別留意点

M&Aはその目的や状況によりM&Aスキーム(合併、会社分割、株式譲渡、事業譲渡)を選択して実行します。承継される個別従業員の労働契約に関しては、選択されたスキームによって、異なった対応が必要となりますので、以下に概要をまとめてみました。実際に対応にあたる場合は、参考にしていただければと思います。

スキーム権利義務スキーム別の特徴
合併包括承継労働契約承継に個別の同意は不要。消滅会社の権利義務がすべて存続(新設)会社へ承継されるため、労働者の不利益は想定しにくく、法定の保護手続は存在しない。労働条件は一義的に1社2制度の状態となる。
会社
分割
包括承継
(個別協議)
労働契約承継に個別の同意は不要だが、対象となる従業員について個別の協議が必要。労働者保護手続が労働契約承継法により定められている。承継される労働条件は分割会社のものと同様であり、一義的に1社2制度の状態となる。
事業
譲渡
特定承継労働契約承継に個別の同意が必要。労働契約不承継が原則で、譲渡先労働条件に同意しない場合は、強制されない。再雇用型と譲渡型がある。
株式
譲渡
労働契約の当事者関係は維持するため、比較的対応しやすい。一方、企業グループからの離脱や株主変更による契約制限により生じる制度やサービス変更への対応が必要。
スキーム権利義務スキーム別の特徴
合併包括承継労働契約承継に個別の同意は不要。消滅会社の権利義務がすべて存続(新設)会社へ承継されるため、労働者の不利益は想定しにくく、法定の保護手続は存在しない。労働条件は一義的に1社2制度の状態となる。
会社
分割
包括承継
(個別協議)
労働契約承継に個別の同意は不要だが、対象となる従業員について個別の協議が必要。労働者保護手続が労働契約承継法により定められている。承継される労働条件は分割会社のものと同様であり、一義的に1社2制度の状態となる。
事業
譲渡
特定承継労働契約承継に個別の同意が必要。労働契約不承継が原則で、譲渡先労働条件に同意しない場合は、強制されない。再雇用型と譲渡型がある。
株式
譲渡
労働契約の当事者関係は維持するため、比較的対応しやすい。一方、企業グループからの離脱や株主変更による契約制限により生じる制度やサービス変更への対応が必要。

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以上が、M&Aにおける人事労務デューデリジェンスのお話となります。企業様においては特別なイベントであり、高度な対応が求められる場合があろうかと思います。実務経験豊富な専門家が対応致しますので、お気軽にお声がけくださ。

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人事労務デューデリジェンス

この記事を書いている人 
-Writer-

小山健二

特定社会保険労務士

【略歴】昭和51年生まれ、東京都出身。駒澤大学文学部社会学科卒業。 専門商社、人材サービス業を経て社会保険労務士法人で勤務し、令和4年にエフピオへ入社。

人事労務のみならず、経営企画、仕入、営業部門での多様な経験から、全体最適の視点で業務遂行を心がけています。事業会社、専門家双方でM&Aプロセス、DD実務経験がある。

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タグ:
M&A , デューデリジェンス , 労務DD , 就業規則 , 社会保険労務士 , 社労士 ,
   

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