【社労士のコラム】プラントメンテナンス業界と2024年問題<社会保険労務士 石川宗一郎>
京葉工業地域には、石油精製、化学、製鉄、発電などの工業産業のベースとなる会社が密集しています。
それらを製造するのがプラントであり、24時間365日稼働しインフラとしての機能をもっています。24時間365日稼働を維持するために、プラントは定期的なメンテナンスが必要であり、日常的な点検補修工事(「日常保全」と呼ばれる)と定期修理工事・シャットダウンメンテナンス(「定修工事・SDM」などと呼ばれる)を行っています。
千葉の西側には多数のプラントが存在し、プラント自体を運営するためには多数の協力会社が保全と定期工事を行っています。
社会保険労務士法人エフピオは、約30年の歴史で袖ケ浦市で創業し千葉市に移転してきた歴史があるため、京葉工業地域の産業とは切っても切れない関係があり、多くの顧問先企業がこのエリアに存在しています。
今回のコラムでは、それらのプラントを維持するプラントメンテナンス事業と2024年問題について解説します。
業界課題
石油化学産業は、統廃合が進み需要と供給がほぼ同じとなっています。また製造工場の稼働率は常に90%超(稼働率9割が損益分岐点)となっています。
これは石油の需要が伸びている訳でなく廃止統合によって、一切の無駄が削ぎ落とされて生産活動がされていることを意味します。(悪く言うと余力が全くない)
これらのプラントの多くは操業開始から50年程度が経過し施設の老朽化しており、更新工事が今後ますます増えます。
またそれらの工事を担う熟練技術者が高齢化・人材不足に陥っています。そこに働き方改革による労働時間の上限規制が2024年に始まろうとしており、板挟みとなっています。
プラントメンテナンス事業者の業務(日常保全と定修工事)
日常保全工事とは・・・
生産設備の保守・管理や突発的なトラブル対応など、保全計画・日常点検・設備診断・補修工事を行います。
定修工事とは(定期修理工事/シャットダウンメンテナンス SDM)とは
プラントは法律で定期的に停止し、メンテナンスをすることが義務付けられている。業界ではこの工事を定修やSDMと呼んでいます。
石油化学プラントは定修工事が多いメジャー年とマイナー年を繰り返します。定修では2ヶ月程度プラント停止することがあり、再稼働に時間がかかればかかるほどコストが莫大に増えてしまうため、超長時間労働や技術者の人材不足が問題になります。
特に春と秋は工事が集中し、メジャー年の定修は長時間労働や人集めの問題が顕在化します。市原市近辺の方は、国道に「定修工事実施中渋滞注意!」などの看板を見たことがあるのではないでしょうか。
定修工事で生じる長時間労働の問題
定修工事を実施すると労働時間が超長時間となってしまいます。2019年に働き方改革による残業時間の上限規制が始まりました。建設業は5年猶予されており2024年から残業の上限規制の対象となります。
プラントメンテナンス事業は、一見労働基準法上は建設業に分類されるように思えますが、実際は日常保全は製造業、定修工事は建設業と分類されます。
そのため日常保全事業として行う残業時間は2019年に上限規制が適用されています。一方、建設業として分類される定修工事は、適用猶予で2024年4月から残業の上限規制が適用されます。
同じ会社の中で事業部ごとに法律改正のタイミング異なり、大いに労務担当者を悩ませます。
プラントメンテナンスの業界団体は、経済産業省と厚生労働省に働きかけをしていますが、厚生労働省は変形労働時間制などの既存システムで対応するように発言しており、特別扱いをしない方針です。
労働時間規制① 時間外労働とは?
労働基準法は、労働時間を原則1日8時間週40時間までとしている。時間外休日労働協定(36協定)を締結すると協定の範囲まで労働時間を延長できます。
労働時間・休日に関する原則
https://www.mhlw.go.jp/content/000463185.pdf
2019年から随時始まった上限規制の内容
【原則】時間外労働の上限は原則として⽉45時間・年360時間
【例外】臨時的な特別の事情がある場合。
・時間外労働が年720時間以内
・時間外労働と休⽇労働の合計が⽉100時間未満
・時間外労働と休⽇労働の合計について、「2か⽉平均」「3か⽉平均」「4か⽉平 均」「5か⽉平均」「6か⽉平均」が全て1⽉当たり80時間以内
・時間外労働が⽉45時間を超えることができるのは、年6か⽉が限度
上限時間が原則働き方改革以前は、時間外休日労働協定(36協定)に労働基準法の上限規制がなく、月の残業時間を100時間でも200時間とすることが合法的にできました。
しかしながら段階的にそれが難しくなっています。
働き方改革実施のスケジュール
2019年4月大企業へ上限規制実施
2020年4月中小企業へ上限規制実施
2023年4月月間60時間を超える時間外について割増率を1.50倍に(中小企業の猶予廃止)
2024年4月建設業への猶予廃止、上限規制実施
定修工事は、春と秋に集中しています。止めている期間が1日増えるごとに多額のコストが掛かってしまうため、以前は連続48時間稼働などが存在しました。長時間労働を前提とした生産システムが根底から崩壊しつつあります。
長時間労働の原因・・・熟練技術者の不足と若手育成問題
人手不足が長時間労働の要因のひとつなっているが、就職氷河期に採用を渋っていたツケが回ってきたたことです。就職氷河期世代は厚労省の定義では35歳~55歳を指しますが、現実的には40代が多く、本来プラントメンテナンス事業者で一線を張る世代が少ないのです。
熟練技術者は60歳前後が多くなっており、技術継承の問題が生じています。新卒採用や中途採用を実施していますが定修工事のような過酷な現場、昔気質の職人の存在などで、新人が短期で退職してしまうことも珍しくありません。
一方、建設技術者として施工管理の待遇は同規模の企業に比べて極めて高額となります。(建設設備データベースによるとプラント・エネルギーの施行管理は平均年収725万)
未だに職人気質の仕組みが根強いが、高年収に至るまでの教育制度や人事制度の設計を求めている企業が多いと感じます。
長時間労働以外にも、建設現場の多重構造化と元請責任
プラントメンテナンス事業者は、些細なミスで重大な事故を起こす可能性があるため、コンプライアンス意識は一般的な建設業のイメージとは異なり高く、メンタリティは製造業に近いと感じます。(ただし末端を除く)
しかし建設業の同じように元請から下請までの多重構造となっており、下請が定修工事中に労災事故を起こした場合は、元請が責任を負う義務が生じます。元請は、現場に相応しくない人間を入れないように目を光らせていますが、人手不足で、下請会社が勝手に一人親方や安全教育も受けていないような素人を現場にいれてしまうことがあります。
元請は現場管理ため、下請企業の健康保険の加入状況をチェックして社員以外が紛れ込まないようにチェックしています。元請側の担当者に社会保険や労災保険の知識が乏しかったり、下請が勝手にいれた一人親方が労災を起こすと事態が難しくなります。
例えば一人親方の労災保険は最低額で加入していることが多く、労災が起こると補償額が少ないなど、元請を巻き込んでの大きな労務トラブルに発展します。そういった相談は絶えません。
派遣法改正も影響・・・建設技術者の派遣
派遣法では建設作業員を派遣することは禁止されています。ただし、建設技術者(監督)を派遣することできます。
建設技術者とは、施工管理・品質管理・安全管理といった高度な知識をもった監督業務にあたる者です。これらの高度知識をもっている者は貴重であり、プラントメンテナンス事業者としては一人でも多く抱えておきたいと考えています。
ただし近年派遣法の改正が続き、準備する書類、必要な知識、法改正への対応が増えており、これもプラントメンテナンス事業者にとって負担になっています。
まとめ
以上のようにプラントメンテナンス事業者は、人事労務において非常に高度で複雑な問題を多数抱えています。専門家が必要となったらぜひご相談ください。
■参考文献
R1.12.25 今後の定期修理の在り方に関する報告(石油化学工業協会 定期修理研究会)
https://www.jpca.or.jp/files/activities/env_maint-07.pdf
R2.2.13【社説】定修に関する規制改革を推し進めよ(化学工業日報)
https://www.chemicaldaily.co.jp/%E3%80%90%E7%A4%BE%E8%AA%AC%E3%80%91%E5%AE%9A%E4%BF%AE%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E8%A6%8F%E5%88%B6%E6%94%B9%E9%9D%A9%E3%82%92%E6%8E%A8%E3%81%97%E9%80%B2%E3%82%81%E3%82%88/
2021年度メンテナンス実態調査報告書(公益社団法人 日本プラントメンテナンス協会)
https://www.jipm.or.jp/
建設・設備求人データベース
https://plant.ten-navi.com/
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